「安倍首相、米の核先制不使用検討に反対伝達」という記事に対して

掲題のとおりで、それ以上でもそれ以下でもないが、オバマ大統領がおそらく任期最後の「レガシー」(任期の初めからプラハ演説を実施しており、最初期の「レガシー」でもあった)のために「核の先制不使用」を検討したということである。
それに対して、記事本文によると、安倍首相は「「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」として、反対の意向を伝えた」とのことである。

検討されているものが、また伝えられた表現がどのようなものであるか、正確なところは分からない。しかし私の不勉強もあろうが、正直に言って驚いた。何に驚いたのかというと、そもそも米国の核先制攻撃能力は、北朝鮮に対する抑止力として機能するものと捉えられていたのかと。
抑止力とは、非常にざっくりしたイメージで言えば、プレイヤー1が挑戦する/しないを選択でき、プレイヤー2はそれを受けて行動を決める、ゲーム理論で言うところの展開型ゲームにて想定されよう。プレイヤー1が挑戦したとき、プレイヤー2が応戦すればそれぞれの利得は(1,1)、敗北を認めれば(4,2)、プレイヤー1が挑戦しないを選べば(3,3)となるものと仮定する。そのとき、プレイヤー1にとって一番利得があるのは、挑戦し、2が敗北を認めてくれたときだ。実は2にとっても、挑戦された場合には早期に敗北を認めた方が得である。しかし、2が応戦するようであれば、挑戦国1は挑戦しなかったときの方が利得が大きく、「戦わなければよかった…」と後悔する。だから2が「お前が挑戦してくるようであれば、俺は絶対に、損をしてでも応戦する」という強い意思があり、それを1が信じるようであれば、1はそもそも挑戦しないであろう。(簡略化のために単純なゲーム理論を書こうと思ったが、勢いで「意思」の「信頼性」を含んだ話を書いてしまった…。このあたりはRobert Powellの核抑止の論文に詳しかったと思う)

つまり、挑戦国を挑戦させないために必要なのは、「自分たちが挑戦したら、挑戦しなかったときよりも損である」と思わせることである。北朝鮮を例にとれば、「俺たちが日本に/米国の同盟国に核攻撃をしたら、俺たちは滅びる」と北朝鮮が思っている限り、抑止力は機能する(滅びることを大きなコストとして捉えていることが前提になるが)。では、抑止戦略において、いったいどこに核先制攻撃が介在する余地があるのか?
例えば予防的先制攻撃のようなものを想定しよう。即ち、「お前たちが俺たちに攻撃することが確定していた場合、俺たちは自分たちの利益を守るためにお前らを徹底的に叩き潰すぞ」としてしまえば、挑戦国は反抗の姿勢も見せないようにするだろう。ブッシュ・ドクトリンとは、核に限らず大量破壊兵器(WMD)を潰すことを目的に、先制攻撃を認めた(予防戦争ではない)。核の先制攻撃能力はそのために維持されてきた。

しかし、よく考えてみよう。核兵器とは、単純で、開発が容易で、そして強力な兵器である。開発が容易ということは、弱小国をいとも簡単に、大国にとっての脅威に引き上げることが可能なのである。たしかに冷戦期のように、敵対する大国が核兵器を持つならば、こちらも相互確証破壊(MAD)の題目の下、核兵器を持つ必要がある。核は保有したい。しかしMAD体制下では、先制攻撃能力はもはやあまり重大な意味を為さなかった。なぜならば先制攻撃したら、相手を反撃不可能な状況まで一発で追い込まない限り、自分たちも破滅してしまうからだ(そのためには、バレない位置に反撃能力を保有している必要があった)。結局、冷戦期、米ソは常に通常戦力にて、第三世界にて、覇を競い合った。
もしも、核の先制攻撃能力を米国が諦め、核兵器が使用できない世界になったら(既になっているが)、後は通常戦力での覇権争いが肝要になる。弱小国も、大国も皆で通常戦力で戦い合う必要がある。その場合、セーガン論文にもある通り、米国に対抗できる国はいない。核のない世界とは、米国の自衛に非常に有益な世界なのだ。

「他国が核の先制を捨てないなら、そんな世界は来ない!」と言っているもいるが、米国は核による反撃は捨てる意思は持っていない。あくまで排除することを検討しているのは、先制攻撃のみだ。核のない世界はユートピアだが、核を反撃のみにしか使わない世界では、十分に抑止能力は維持されている。


ともあれ、本当に米国の核先制攻撃能力が、何らかの抑止に本当に役に立っているのか、冷静に再確認する必要があるだろう。


安倍首相、米の核先制不使用検討に反対伝達


【ワシントン会川晴之】米ワシントン・ポスト紙は15日、オバマ政権が導入の是非を検討している核兵器の先制不使用政策について、安倍晋三首相がハリス米太平洋軍司令官に「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」として、反対の意向を伝えたと報じた。同紙は日本のほか、韓国や英仏など欧州の同盟国も強い懸念を示していると伝えている。

 「核兵器のない世界」の実現を訴えるオバマ政権は、任期満了まで残り5カ月となる中、新たな核政策を打ち出すため、国内外で意見調整をしている。米メディアによると、核実験全面禁止や核兵器予算削減など複数の政策案を検討中とされる。核兵器を先制攻撃に使わないと宣言する「先制不使用」もその一つだが、ケリー国務長官ら複数の閣僚が反対していると報道されている。同盟国も反対や懸念を示していることが明らかになり、導入が難しくなる可能性がある。

 同紙は複数の米政府高官の話として、ハリス氏と会談した際、安倍首相は米国が「先制不使用」政策を採用すれば、今年1月に4度目の核実験を実施するなど核兵器開発を強行する北朝鮮に対する核抑止力に影響が出ると反対の考えを述べたという。同紙は、二人の会談の日時は触れていないが、外務省発表によると、ハリス氏は7月26日午後、首相官邸で安倍首相と約25分間会談し、北朝鮮情勢をはじめとする地域情勢などについて意見交換している。

 日本政府は、日本の安全保障の根幹は日米安保条約であり、核抑止力を含む拡大抑止力(核の傘)に依存しているとの考えを米国に重ねて伝えている。先制不使用政策が導入されれば、「核の傘」にほころびが出ると懸念する声がある。

 2010年には当時の民主党政権が、米国が配備している核トマホーク(巡航)ミサイルの退役を検討していることについて、日本に対する拡大抑止に影響が出るのかどうかを問う書簡を、岡田克也外相がクリントン国務長官(いずれも当時)などに対して送ったと公表している。核軍縮を目指す核専門家からは「核兵器の廃絶を目指す日本が、皮肉なことにオバマ政権が掲げる『核兵器のない世界』の実現を阻んでいる」という指摘も出ている。

 【ことば】核兵器の先制不使用

 核保有国が、他国から核攻撃を受ける前に先に核兵器を使わないこと。核兵器の役割を他国からの核攻撃脅威を抑止することに限定する。核兵器を使用するハードルが高くなり、核軍縮への理念的な一歩と見なされる。すべての国が対象だが、核保有国同士の約束の側面が強い。核拡散防止条約(NPT)で核兵器保有が認められている米、露、英、仏、中国の5カ国の中では現在、中国のみが先制不使用を宣言している。






追伸:本エントリーを公開しないまま下書き保存していたら、北朝鮮SLBM発射成功についての報が入った。非常に興味深い話ではあるが、本エントリーのロジックに変更はない。SLBMで攻撃されようとも(どこまで実効性があるのかは知らないが)、本土を破壊すれば破滅させられる。むしろ、他国の第一撃に対して、北朝鮮が反撃能力を持つようになったということであり、より第一撃はしづらくなったと見るべきだろう。(これまでは非対称性の関係性だったのが、より対称的になってきた)